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ワンオクのタカは森新一の息子?不仲って本当?

ワンオクのタカは森進一の息子?不仲説

「ワンオク」として知られる、大人気4人組ロックバンド『ONE OK ROCK』のボーカルであるタカ。

 

じつは、UVERworldのTAKUYA∞とも仲がよい。

TKO木下のUVERworldTAKUYA∞へのメッセージが名言!

 

あまりの人気ぶりに、毎回行われるコンサートでは、ファンの中にも興奮のあまり酸欠や過呼吸気味になる人がいるほどです。

 

そういう現象が毎度のように起こるのも、タカの歌声が洋楽顔負けと評されるほど上手なものだからです。

 

さて、そんなタカにはとあるエピソードがあります。それは、タカがあの大物歌手である森進一の息子ということです。

 

しかし、タカと父・森進一との間には浅からぬ因縁がありました。

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幼いころからの厳格な教育

タカは本名を森内貴寛といい、1988年に森進一と森昌子夫妻の長男として誕生しました。

 

ご覧のとおり、ワンオクのボーカルとしての「タカ」のネーミングは、本名の下の名前からきています。

 

タカの幼少期の父によるしつけや教育は厳格なものでした。

 

一日の過ごし方にしても、朝起きた後に家に飾ってある仏壇に必ずお供え物をするところから始まります。

 

そのあとの食事でも、子供が箸をつけるのも父がつけた後というのがしきたりでした。

 

あまりにも徹底的にしつけられたためか、タカは友人の家に遊びに行ったときにも、その友人宅に飾ってある仏壇に向かって必ず手を合わせていたため、彼の友人や家族は驚いていたというエピソードもあるほどです。

 

ちなみに母である森昌子のしつけの仕方も、箸の使い方や門限に関して規則を破った際にきつい罰を与えたことがあるという大変厳格なものでした。

 

ただ、父・進一としては、タカが5歳の時に昌子と離婚していたこともあったため、息子にはせめてしっかりと愛情を注いでおきたいという気持ちの強さが、厳格な教育を施した動機になっていました。

 

さて、そんなタカが芸能界にあこがれを持ち始めたのが、名門私立小学校に入ったばかりのころの父と一緒に見に行った少年隊の舞台がきっかけでした。

 

少年隊がカッコ良く踊る姿に魅了されたタカ少年は「僕も踊りたい」と、ジャニーズの養成所に通うようになります。自分の夢に向かってひた走る息子を父の進一も応援していたのです。

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ジャニーズ事務所から芸能界デビュー。しかし・・・、:

さて、少年隊の舞台がきっかけで芸能界に向けて第1歩を踏み出したタカでしたが、実は父が応援するにあたってひとつだけ条件を出していました。それは、「学業を優先すること」でした。

 

そのことは、タカが2003年にジャニーズのバンドNEWSの活動によって本格的な芸能界へのデビューを果たした際にも、「学校の成績を下げないこと」を条件に父が了解したことからもうかがえます。

 

ちなみに、NEWS時代のタカは、本名の森内貴寛という名義で活動しており、そのころから今や多くの人々をひきつける歌唱力には定評がありました。

 

しかし、華やかさあふれる芸能界での活動はタカの生活にも大きな影響を及ぼしました。

 

 

以前入学した私立小学校はエスカレーター式で大学まで行けるところだったため、付属高校もそのままに進学したのですが、その際には喫煙や茶髪などといった素行の悪さが校内でも目に付くほどになりました。

 

 

そのうえ、本格的に打ち込んでいたNEWSの活動も異性との関係がきっかけでわずか3ヶ月の短さで離脱するという事態にまでなっていました。

 

表向きは「受験のために学業に打ち込む」というものでしたが、女性とのデート写真がゴシップ誌によって発覚したうえ、その写真の中で喫煙していたことがジャニーズ事務所のジャニー喜多川社長の怒りを買ったことが原因でした。

 

当然ながら、父・進一は激怒したうえ、学校に相談しに行き、学校側も父の意を受けてタカにいろいろと説得や指導をしましたが、結局タカは高校1年の3月に高校を辞めてしまいます。父はそんな息子との親子の縁を切る決意をします。

 

勘当する際に、父はタカに「お前ひとりで生きていけ!」と家から追い出したといわれています。その後のタカは一人アルバイトで生計を立てつつ、音楽学校に通う日々を過ごすことになりました。

 

徐々に打ち解けていった父と子

しかし、勘当したとはいえ、父の方はやはり息子のことが心配でたまらなかったようです。

 

タカの周辺のいろいろな人からタカの様子を聞いては非常に心配していたうえ、息子のアルバイト先(スナック)にひそかに客として出かけ、そこで父の突然の出現に驚くタカにそっとお金を渡すなど、ひそかに応援を続けていたのです。

 

息子の方も次第に父に自分の心のうちを明らかにするようになり、2008年に父・進一が還暦を迎えた際にも、自分のことを深く愛してくれていることを知っていたこととそれに対する感謝の内容のメールを送っていました。

 

このメールに感激した進一は、その後息子とともによく食事に出かけたりするなど、勘当という状態になっていた父と子の関係は次第に打ち解けたものになっていきました。

 

そして、これに先立つ2005年にタカはONE OK ROCKに加入し、そこでボーカルとして活動を始めます。その後、数年でワンオクは日本国内のみならず、海外でも大規模なコンサートを開くほどの大人気バンドに躍進していきました。

 

さて、ワンオクの活動の中で、タカはある曲を熱唱することがあります。その曲とは、『Hard to Love』というバラード曲です。実はこの曲にはタカの父・森進一に対する思いが込められているものです。

 

その歌詞には「僕が学校をやめた時、あなたは『お前はもうダメだ』と言ったよね。僕の反抗には理由があったんだ。ただその理由がなんなのかわからなかった

 

あなたは僕がまだダイヤの原石だってことを教えてくれた。今の僕があるのはあなたのおかげだよ。あなたが僕を誇りに思っていてくれたらいいな。僕がどうしようもないヤツだった時も、あなたは僕のことを愛してくれていた」(日本語訳)となっています。

 

幼いころから厳格ながら深い愛情を注いでくれた父への感謝と、勘当されたときの自分の本当の想いとがちりばめられているのです。

 

まとめ

人気バンドであるワンオクのボーカル・タカの父が大物歌手である森進一の息子ということで、タカのこれまでの半生を見てきましたがいかがでしたか?

 

その親子関係もかなり波乱に満ちたものであったといえます。

 

しかし、厳格ではあるものの、深い愛情を注ごうとしてきた父に対する息子の複雑ながらもその愛情を理解している心情が見えてくる半生といえるでしょう。

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